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楼主: 狂~劇情狂

[未完成] 三國志 Campaign for Age of Empires(帝國時代 I 四十關長篇戰役)漢化

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 楼主| 发表于 2015-5-31 01:20:33 | 显示全部楼层


葬送状 偽秦良軍
葬送狀 偽秦良軍

歴史的背景:

 諸葛亮孔明が病に臥し、窮地に陥るかと思われた蜀であったが、それからの一年間、幸いにも魏は兵を動かす事をしなかった。そのために孔明の病状は、兵馬の鍛錬を指揮できるまでに回復していた。しかし、建興八年秋、同じく病が癒え、以前の屈辱を晴らさんとする魏の都督曹真子丹が、司馬懿仲達を副都督とし、四十万もの大軍を率いて漢中を目指したのである。孔明が、成都での養生を余儀なくされている今、これを蜀殲滅の好機であると観て取った為であった。

 この報に接した孔明は、巨万の軍勢が押し寄せる事に対して、微塵も臆する素振りを見せなかった。孔明は天文を読み、長きに渡って大雨が降ることを予見していたのである。そして間もなくして孔明の言違わず、豪雨が滝のごとく降り注ぎ、大地が湖と化し、魏の軍勢にとっては、兵器兵粮が枯渇する苦境この上ない状況となった。やむなく総退却を始めた魏軍は、蜀軍が必ずや追撃してくるものと考え、万全の体制を布きながら長安を目指した。しかし孔明は、蜀の諸将に対して、引き揚げる魏軍を追う事を禁じたのである。祁山―― 孔明の狙いは、またしてもこの地へと向けられていたのである。

葬送状 偽秦良軍  建興八年(西暦230年) 難易度:★★★ 所要時間:10分以上 

シナリオの説明:

 孔明は、またしても祁山を奪うに相違ない――

 大雨にて退却を余儀なくされた魏軍は、蜀軍の追撃に備え、退路に多数の伏勢を配置していが、蜀軍は一向に姿を現さなかった。これに疑念を抱いた副都督司馬懿仲達は、孔明が祁山に狙いを定めていると予見したのである。仲達は、大都督である曹真子丹にその旨を伝えたが、曹真はこれを嘲笑い、信じようとはしなかった。都督たる者の浅はかさに歯噛みをした仲達であったが、是が非でも蜀軍を、祁山へ至るまでに食止めなければならぬと覚り、曹真に対して、万が一蜀軍が現れなかったならば、女の衣装を纏い、化粧をして踊ってみせると言い放った。仲達のこの言に対して曹真は、まだ半信半疑ながらも兵を動かす事を承諾し、軍勢を二手に分け、曹真は斜谷へ、仲達は箕谷へと向かった。

 仲達の読み通り、箕谷へは魏延・陳式を始めとする蜀の軍勢が現れた。孔明は魏軍が待ち受けている事を察知していたが、陳式が忠告を無視し、用心せずに一気に進撃を開始したために、ここは蜀軍の惨敗となった。一方、斜谷に陣取った曹真は、蜀軍などまったく現れる気配が無い事に、高笑いをするばかりであった。そして、僅かばかりに蜀兵が現れたとの知らせが届いた時においても、秦良率いる軍勢がこれを早々に討ち取り、意気揚々と引き揚げる様を見て、曹真は小躍りをしてこれを出迎えた。しかしその時――

 陣の各所から狼煙が上がり、三方から蜀の軍勢が雪崩れ込んできたのである。そして、秦良の軍勢も掌を返して猛然と魏兵に襲いかかった。秦良の兵と思われたその軍勢は、秦良を一撃で討ち取った後、魏兵の鎧を身に纏い、敵に成り済ました蜀軍であった。

目的:

- 秦良の軍(緑)、および曹真の軍(赤・橙)を全滅させよ。
- 全滅秦良之軍以及曹真之軍。
- 自軍英雄(四騎)の全滅により敗北となる。
- 自軍英雄四騎全滅就會敗北。

ヒント:
提示:

- 曹真軍は、士気の衰えている兵(傭兵)が多くを占める。その兵は、近くに士気の高い兵(傭兵以外の兵)が存在しない場合、まったくの無力となる。よって、士気あがる兵を先に討て。自軍が痛手を受け始めたならば、先に討たねばならない兵が近くに潜んでいる証拠となる。
- 士氣衰弱的兵隊(傭兵)佔了曹真軍的大多數,而那些兵隊在其附近不存在高士氣兵隊的場合之下是無力的,因此須先討殺有士氣的兵隊。如果自軍開始遭受痛擊,那就是不得不先討滅的兵隊正潛伏在附近的證據了。


結果:

 曹真の本陣へ猛然と襲いかかった蜀軍は、孔明の計略通りの働きを見せ、魏軍を完膚なきまでに叩きのめした。都督曹真は、我が先見の明の無さを嘆き、混乱した兵のさなかを、闇雲に馬を走らせ、ただ逃げ惑うばかりであった。この時、援軍に駆けつけた仲達の軍が現れ、曹真の命運は、この場では辛くも途切れる事は無かったが、孔明の祁山への進出を許し、多くの犠牲を払った魏軍の大敗であった。そして多数の傷を負う事となった曹真は、再び病に臥す事となった。

 病牀に仰臥した曹真が、息を引取るのにそう長い時は要さなかった。曹真の死期を決定的にしたのは、不治の病の訪れでもなく、その後の蜀軍の襲来でもなかった。それは孔明が曹真に寄越した一通の手紙であった。曹真の能の無さを罵るその手紙は、病に侵された一人の上将を死に追い遣るに充分であった。手紙を読み終え激高した曹真は、全身を朱にしたまま仆れ、まもなくして事切れるに至ったのである。

結果:

 箕谷で大敗した陳式に続き、ここ斜谷においても蜀軍の敗北となった。結果、蜀軍は魏に攻め入るに必要不可欠な有能の将を失い、漢中を死守するに手一杯となってしまった。
  
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 楼主| 发表于 2015-5-31 01:20:45 | 显示全部楼层

麦野の戦い 猛将最期
麥野之戰 猛將末日

歴史的背景:

 魏都督曹真が没した後、司馬懿仲達との英知を競った決戦においても勝利した諸葛亮孔明率いる蜀軍は、一気に長安を陥落せしめる気勢となった。もはや仲達は、孔明の神算の前に散々に敗れ、おのが陣を守護するに手一杯となっていた。ところが、思わぬ所に孔明の不運が潜んでいた。蜀の兵粮輸送を担う都尉苟安が、兵粮延着を罰せられた事に恨みを持ち、魏に投降した挙句、孔明が帝位を奪う肚であるという蜚語を成都に広めたのである。

 凡庸で才を持たない蜀皇帝劉禅は、この根拠の無い噂付で不安に駆られ、勅命にて孔明を成都に呼び戻す愚を侵してしまった。孔明は、勅命とあらばこれに従わざるを得ず、遺憾ながらも陣払いをし、自身は成都へと引き返す事となった。そしてこの流言を見破れず、劉禅を惑わすに至らせた宦官らを一人残らず斬罪した。

 魏を討つことは、先帝から受け継いだ悲願であった。だが、この悲願を成就させるには急がねばならなかった。孔明は、迫り来る自らの命脈の果てを覚っていたのである。建興九年春二月―― 孔明は己の身体を鞭打ち乍ら、再度祁山へと向った。

麦野の戦い 猛将最期 建興九年(西暦231年) 難易度:★★★ 所要時間:18分以上 

シナリオの説明:

 今は隴西の小麦が実る季節であった。これを刈り取れば、莫大な量の兵粮とすることができる――

 諸葛亮孔明が、隴西の麦を確保すべく、鹵城を占拠したという報に接した魏の大都督司馬懿仲達は、これを阻止せんと、張コウ率いる四万の兵を先鋒とし、一足早く隴西に布陣した。これに対し孔明は、諸将に神兵の出立をさせ、自らの影武者を仕立てて敵を攪乱する策でこれに当たった。結果は、奇怪な妖術と信じ込んだ魏軍がこれに怯えて狼狽し、上ケイへと退却せざるを得なくなった。

 仲達は、孔明の深謀に恐れをなし、上ケイにて立て篭もる日々が続いたが、副都督となっていた郭淮伯斉が、鹵城は小城で天嶮に拠ってはおらず、これを落城せしめるのに造作ないと進言し、郭淮の言に頷いた仲達は、軍勢を率いて鹵城に押し寄せた。しかし、孔明の先見の明は冴えていた。予め多数の兵を麦の実った大地に伏せ、仲達が押し寄せることに前もって対処したのである。

目的:

- 司馬懿(赤)、張コウ(橙)の軍勢を全滅させ、そして張コウ儁艾(緑・英雄)を討て。
- 全滅司馬懿、張郃的軍勢,並且討殺張郃儁艾。
- 麦を刈り取り、兵粮を充分なものとせよ(食料5000を確保)。
- 收割獲取小麥,使得兵糧充分下來(確保 5000 單位的食物)。
- 以上の目標を達成し、諸葛亮孔明(聖職者)、魏延文長(英雄)が遺跡へと辿り着いたならば勝利となる。
- 孔明、魏延のいずれかが討たれると敗北となる。
- 孔明、魏延的其中一人遭到討死就會敗北。

ヒント:
提示:

- 先ずは魏延の一隊にて、司馬懿の軍を鹵城城門(赤の旗)まで誘い込め。ならば姜維・馬忠・馬岱の軍が打って出る手筈となる。
- 先由魏延一隊將司馬懿軍給誘進鹵城城門(紅色旗幟),那麼姜維、馬忠、馬岱軍就能著手出城打擊了。
- 戦いは姜維・馬忠・馬岱の軍に任せ、魏延はひたすらに逃げよ。ただし、農民と畑の守護を怠ってはならない。
- 戰鬥托任給姜維、馬忠、馬岱的軍隊,魏延祇管逃跑,但別怠忽職守農民與農場的守護。
- 兵粮の確保は、畑の数、木材の資源の数量を熟慮しなければならない。畑の破壊に注意せよ。
- 確保兵糧不得不對農場數、木材資源數量作深思熟慮,注意別讓農場被破壞了。
- 孔明、魏延の互いの協力が不可欠である。
- 孔明、魏延的相互協定是不可欠的。

結果:

 すでに孔明が、城外に兵を伏せていた事に泡を食った仲達は、兵を立て直すことも能わず、退却をし、再び上ケイにて護りを固め、立て篭もる事となった。仲達の軍を退却せしめ、大量の兵粮を得た蜀軍の意気は、一挙に上がる事となった。しかし――

 孔明へと届けられた一通の手紙が、蜀の進撃に暗雲立ち込めさせる事となった。永安に在る李厳がしたためたその手紙は、呉が魏と盟約を結び、蜀を侵さんとする臍を固めた由、直ちに妙計をめぐらせ給うとの内容であった。呉が攻め寄せるとあらば、兵を早々に引き揚げ、これに当たらねばならず、またしても行程半ばにして退却する事となったのである。

 孔明の退却時における備えは万全であった。剣閣の木門道の断崖に、多数の射手を埋伏させ、蜀兵を追わんとする魏の軍勢を待ち受けたのである。その後、木門道に先頭をきって現れたのは、魏随一の猛将、張コウ儁艾であった。仲達は、血気に逸りがちな張コウに、蜀軍追撃の先鋒を命じる事は本意ではなかったが、烈しく嘆願する張コウを抑える事ができなかった。そして―― 魏延の挑発に我を忘れた張コウが、木門道の奥深くまで踏み入ったその時、空を覆わんばかりの乱箭の雨が、突如として降注いだ。数々の武勇を世に知らしめ、幾多の戦場を蹂躪した名将が、ここに果てる事となったのである。

 張コウを先鋒とした事を悔いた仲達は、孔明の退却に対してこれを追わず、軍を洛陽に引き戻し、決戦の時を改める手筈とした。

結果:

 猛然と押し寄せた魏軍に対し、鹵城の護りはあまりにも脆弱であった。兵粮の確保に失敗した蜀軍は、苦難の退却を余儀なくされた。
  對於猛然推進來的魏軍,鹵城防護實在過於脆弱,而在確保兵糧上失敗的蜀軍,也不得已作出苦難的退卻了。
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 楼主| 发表于 2015-5-31 01:20:56 | 显示全部楼层

木牛流馬
木牛流馬

歴史的背景:

 漢中へと引き返していた諸葛亮孔明は、全身を火にし、ただならぬ形相で憤怒していた。蜀軍退却の根拠となった、呉が魏と手を結んだという李厳の手紙は、李厳自らが兵粮調達の失態を隠蔽せんとする、卑劣極まる偽りである事が露呈した為であった。たった一通の手紙が、蜀の怒涛の勢いを止めてしまったのである。孔明は、李厳を厳罰に処する意向であったが、李厳は先帝が重用していた人物であり、費イ文偉の歎願により斬首は思い止まり、官位を剥ぎ、庶民に落とす手筈とした。

 孔明はこれを期に、我が身の静養を兼ね、成都において内政に力を注ぐ事とした。相次ぐ戦いによって、孔明の心身はもとより、兵も民も疲労の色が濃くなっていたのである。

 そして建興一二年春―― 三年の月日の中で、兵士は鍛えられ兵粮は豊富となり、孔明の全身全霊をかけた、魏との決戦に向う時が訪れた。漢中目指して静々と進む四輪車に座し、その眼差しを遠く一点に据えた孔明の脳裏には、戦いにかける様々な思いが交錯していた。次なる戦いは、孔明にとって苦難のものとなる事は、この時既に明白であった。蜀が国力を貯えるに費やした歳月は、積年の敵、魏にとっても満を持するには格好のそれとなっていた。さらに天文においても、蜀にとっての凶兆が、如実に顕れていたのである。しかし孔明は戦わねばならなかった。自らの命脈終焉の時は、猶予を与えてはくれないのである。いつ果てても然迄おかしくない孔明の身体を支えていたものは、強靭な確固たる意志―― それであった。

 しかし乍ら―― 魏との決戦を控え、漢中にてその支度に追われていた孔明に、突如として悲報が齎される事となった。当代のみならず、後世まで語り継がれる英雄関羽雲長の血を受けた関興が、突然の病に襲われ、この世を去ったのである。僅か二十六年の生涯であった。張苞をさきに失い、そしてまた関興を失った孔明の心労は相当なものであった。だが孔明は、その多大なる悲しみを胸の奥深くに封じ込め、気丈にも諸将の面前へ立ち、平静を保ちながら進撃を布令したのである。

木牛流馬 建興一二年(西暦234年) 難易度:★ 所要時間:2分以上 

シナリオの説明:

 それは、多量の糧秣を積載しながらも、驚くべき早さで険阻な道を駆け抜けた――

 再び祁山に進出した蜀軍に対し、司馬懿仲達率いる魏軍はこれを迎え撃つべく渭水北岸に布陣し、またしても渭水を挟んで両軍が対峙する事となった。そして、序盤の戦いこそは仲達の読みが冴え、蜀軍に大きな被害を与える事に成功したが、その後に仲達が行った敵を欺く計略は、見事なまでに孔明に看破され、魏軍は大敗の憂き目に遭う事となった。

 この戦いが続く中にあって、蜀軍に不安があるとすれば、それは兵粮の運搬であった。その事は仲達においても重々承知しており、仲達は兵を動かさぬことで、蜀軍が兵粮不足に陥るのを待つ策に切り替えた。ところが―― 蜀軍は、仲達の思惑とは裏腹に、次々と兵粮を陣屋へと運び込んでいたのである。

 木牛流馬―― この諸葛亮孔明が発明した人工の牛馬は、険阻な道をもろともせず、生きた牛馬に数倍する早さで糧秣を運ぶ、かくも見事な運搬車であった。これに愕然としたのは勿論、仲達である。このような物があるとなっては、魏軍の戦いが一層不利となる事は明白で、仲達はすぐさま諸将に命じて木牛流馬を数頭奪い、工匠三千に命じて寸分違わぬ物を二千頭作り上げ、自軍の糧秣を迅速に運搬し始めた。

 魏軍に木牛流馬を獲られ、模倣された事に蜀の将らは不安を覚えたが、この時孔明ただ一人が北叟笑んでいた。それは、木牛流馬にはとある細工が施されており、この細工までもが完全に模倣された敵の木牛流馬を、まんまと奪い取る計略が既に成っていたのである。さらに孔明は、この戦いにて仲達の首級までもを奪い取る肚であった。かくして、王平の軍勢は魏の守備隊に扮して敵輸送隊の列へと向い、張嶷は神兵の出立をして山陰に伏する手筈を整えた。そして、魏延、姜維、廖化、張翼を始めとする蜀の勇将らも、血気盛んに出陣していった。

目的:

- 輸送隊を全滅させ、敵将の岑威(英雄)を討て。
- 將輸送隊全滅,討殺敵將岑威(亞歷山大)。
- 王平(英雄)は青い旗を目指し、山頂に居る廖化(精鋭重騎兵)が見える所まで移動せよ。
- 王平(亞歷山大)要以藍色旗幟為目標移動到可以看見位居山頂的廖化(金甲騎兵)的場所。
- 郭淮軍を全滅させよ。
- 將郭淮軍全滅。
- 廖化は、遁走する仲達が落した兜(聖なる箱)まで移動せよ。
- 廖化要移動到遁走的仲達所掉落的頭兜(史前古物)。

ヒント:
提示:

- 魏の輸送隊は、我々が敵であることに気付いていない。一斉に襲いかかれ。
- 魏國的輸送還沒有察覺到我們是敵人,一齊向他們施襲吧。
- 確保した木牛流馬(聖なる箱)は、その場に置いて逃げよ。敵は押すことも引くことも出来ぬであろう。
- 將確保到的木牛流馬(史前古物)棄置在該場所後逃跑,敵人對此也會不知所措。
- 青い旗の地点へは、王平が行かなければ廖化への合図はとどかない。
- 不讓王平行進到藍色旗幟的地點就不能將訊號發送給廖化。
- 木牛流馬を奪い返しに来る郭淮軍は、張嶷扮する神兵の出現に狼狽し敗退するであろう。
- 來奪返木牛流馬的郭淮軍,來到張嶷裝扮的神兵的出現就會狼狽敗退。

結果:

 魏の輸送隊に襲いかかった王平の軍勢は、糧秣が満載された敵の木牛流馬を造作なく奪い取り、これを自陣の方角へと一斉に走らせた。それから間もなくして、この事態を訊き付けた魏将郭淮が、木牛流馬を奪い返すべく王平の軍勢に迫ったが、この時、王平は蜀兵に木牛流馬の口腔内にある舌を回す様に下知し、直後にその全てを捨てて遁走するよう合図をした。郭淮は遁れ往く王平軍を追わずに、跡に残された木牛流馬を曳いて引き揚げようとしたが、どうしたことか、これが一寸たりとも動かなくなっていたのである。

 そこへ、悪鬼の面容をした神兵と覚しき異様な一隊が、濛々と立ち込めた煙の中から出現し、魏兵を身体の芯から震え上がらせた。無論、神兵とは張嶷の一隊である。しかし魏兵らは、この魔力によって木牛流馬が微動だにしなくなったと信じて疑わず、ただ恐れ戦慄き逃げ惑うばかりとなった。そして、姜維、魏延の軍がその場に押し寄せ、引き返してきた王平の軍と共に、散々に魏兵を討ちのめし、木牛流馬を手中に収めるに至ったのである。

 本陣にて敗報に接した司馬懿仲達は、孔明の妙計に身の毛も弥立つ不安を覚え、堪らず、自ら兵を引具して進撃を始めた。――この時の仲達のように我を忘れた将は、得てして敵の術中に嵌るものである。結果、仲達の軍勢は、伏勢となっていた廖化・張翼の軍に矢を射立てられ、仲達自身、ただ一騎となって必死の遁走を強いられた。仲達は、頂いていた冠を態と路上へ投げ捨て、追い縋る廖化を欺いて辛くも命運を取り止めた。

 蜀軍はこの戦いで、大きな戦果をあげる事となり、各陣屋は沸き上っていた。だが、孔明一人、浮かぬ面持であった。それは、仲達を追った将が、もし関羽であったならば、仲達の機転に欺かれる事もなく、首級を挙げていたに相違なかったからである。

結果:

 この度の計略が水泡に帰した事によって、木牛流馬は敵の多大なる利益となってしまい、蜀軍は窮地に立たされる事となった。
  這次計略歸於水泡一事,讓木牛流馬不知給了敵人多大的利益,並且釀成蜀軍立入了窮地的事態。
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火の陣 風狂烈焔
火之陣 風狂烈燄

歴史的背景:

 蜀軍が北原にて一定の戦果をあげていたその頃、呉の巨万の軍勢が、合肥、江夏そして襄陽へ、魏との国境を侵すべく進軍を開始していた。これに危機感を募らせた魏帝曹叡は、自らが陣頭指揮を取り、満寵を軍師として、急遽合肥へと向う事となったが、この満寵の呉に対する謀略は、輝くほどに冴えていた。兵数では敵に遥か及ばない魏の軍勢が、陽の沈んだ頃合に、呉の大水軍の虚を衝くや、これを一挙に焼き払う事に成功するのである。

 江夏にて計略を思案していた呉都督陸遜伯言は、合肥においての敗戦の報に接したが、別段これに仰天する素振りも見せず、あくまで沈着たる態度であった。それは陸遜が、近年稀にみる猛暑である今は、大業な戦いを起す時期に在らず、陣を引払うのが最善であるという決断を既に下していた為であった。そして陸遜が行ったその退却策もまた見事であった。曹叡が護りを固め、敵の動向を伺っている数日の間に、呉の軍勢はその姿を消し去っていたのである。

火の陣 風狂烈焔  建興一二年(西暦234年) 難易度:★★ 所要時間:7分以上 

シナリオの説明:

 諸葛亮孔明にとって、司馬懿仲達を討ち滅す策謀を、自らの命脈が尽き果てる前に実践する事が急務であったが、仲達においても、占星によって孔明が果てるのを予知している事は明白で、それを裏付けるように仲達は頑なに護りを固め、打って出ようとはしなかった。

 この事態を打開すべく策をめぐらしたのは、孔明の後を引き継ぐに足る、智将姜維伯約であった。そして姜維の謀った策は、完全なる筋書きを辿る事となるのである。酷暑を避けるべく、孔明が祁山を離れて葫蘆谷に在ると観て取った仲達は、兵の多勢を祁山へと向かわせて蜀軍を引き付け、自身は手勢三万を引き具して、手薄となった葫蘆谷へと馬首をめぐらした。この時姜維は、渭水の南岸にある魏の本営へとまっしぐらに疾駆していた。さらに――

 葫蘆谷―― その地に設営された陣屋には、巧妙な陥穽が仕掛けられていた。そして敵を誘い込む任を請け負った魏延を追って、仲達は谷のさなかへと足を踏み入れた。

目的:

- 郭淮・孫礼の守護する魏本陣および、司馬懿の軍を全滅させよ。
- 全滅由郭淮、孫禮守護的魏本陣與司馬懿軍。
- 敵本陣を襲わんとする姜維(英雄)、または、葫蘆谷にて孤軍奮闘する魏延(精鋭重騎兵)が討たれると敗北となる。
- 襲擊敵本陣的姜維(亞歷山大)或在葫蘆谷孤軍奮鬪的魏延(金甲騎兵)遭到討死就會敗北。

ヒント:
提示:

- 孔明の策略は成っている。勝利に疑いは無い。
- 達成了孔明的策略就勝利無疑了。

結果:

 葫蘆谷の陣屋は、突如として爆音を轟かせ、巨大な炎が瞬く間に魏兵を押し包み、そこは火焔地獄と化した。これに然しもの仲達も、遁れる法をすべて失い、潔く自らの命を絶つ臍を固めた。ところが――

 天は孔明にではなく、仲達にその命運を与えた。空を黒々とした狂雲が覆い、豪雨を突然に大地へと散蒔いたのである。雨は谷に満ちていた炎を見る見るうちに消失させ、そこをうって変わった状景に変貌させた。そして九死に一生を得た仲達は、一目散にその場を脱し、渭水南岸の本営目指して疾駆したのである。

 その後仲達は、浮き橋にて渭水を渡り、北岸に新たな陣を構築し、そこを新たなる本営とする事となった。さきに本営としていた南岸の陣屋は、すでに蜀軍に占拠されていた為であった。この度の戦いは、天が味方したものの、多大なる被害を魏軍に齎す散々たる敗北であった。仲達はこれを肝に銘じ、前にも増して、陣の護りを固めて引き篭もり、孔明の命脈が尽きるのをひたすらに待つ決意をしたのである。

ひたすら一向/祇管

 一方蜀軍においては、数万の魏兵を討死させ、一応の勝利を遂げる事となったが、この結果に満悦できる筈もなく、誰もが悲痛な面持であり、中でも姜維の落胆ぶりは、徒ならぬものがあった。だが孔明ただひとり、万策尽き果てようとしている今に至っても尚、毅然たる表情を変える事はなかった。そして孔明は姜維に対し、総大将たる者は、いかなる苦境に立たされようとも、平静を失ってはならぬと言い聞かせたのである。

結果:

 姜維の採った策略も、全くの成果を挙げる事もなく、水泡に帰する結果となった。
  姜維採取的策略完全沒能夠帶來舉獲成果之事,更讓原有結果歸於水泡。
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秋風五丈原
秋風五丈原

歴史的背景:

 仲達の頑固なまでの決意―― 何事があろうとも待つ。孔明が、この世を去るのをひたすらに待つ――

 孔明が死に至るまで、些かも打って出てはならぬとの厳命に、魏兵らの不満は募るばかりであった。数え切れぬほどの戦場を、縦横無尽に駆け巡り、戦うことに生甲斐を見出してきた猛者達には、それは無理からぬ事であった。

 そんな折、孔明が五丈原に布陣したという報が、忍の者によって齎された。孔明の精気が衰えていないならば、五丈原などに布陣する筈が無い。孔明は焦りを感じている。決戦の時を急いでいるのだ―― そう観て取った仲達は、陣屋の奥でひとり北叟笑んだのである。

 そして蜀軍の執拗な挑発にさえ、一向に応じようとはしない仲達に業を煮やしたか、孔明よりの怒りを誘わんとする贈り物が、魏の本陣へと届けられた。それは、婦女子が身に付けるべき巾幗や白絹の喪服が、侮蔑の書状と共に収められた物であった。これでも尚仲達は、面容を変貌させることは無かったが、諸将は憤怒を抑えきれず、殺気を漲らせ、仲達に出陣を訴えた。

 侮辱に耐えきれず、感情を顕にした諸将を、宥める必要に迫られた仲達は、蜀軍と一戦交える許しを乞う上奏文を、魏帝曹叡に対してしたためた。これを一読した曹叡は、仲達が戦いを望んでいる事に合点がいかなかったが、衛尉である辛毘は仲達の心中を察し、打って出てはならぬ詔を下す事を進言したのである。そして詔が渭水本陣に齎されるや、開戦の許しを期待していた武将らは、不本意ながらも勅命に従わざるを得ず、結果、仲達の思惑通りに事が運んだのである。

秋風五丈原  建興一二年(西暦234年) 難易度:★★★ 所要時間:5分以上 

シナリオの説明:

 呉の陸遜が魏との決戦を避け、程なく退却をしたという報に、諸葛亮孔明の落胆は計り知れないものとなった――

 孔明にとって、最後の頼みの綱とも言えた呉の侵攻が潰えた今、自らの精根のみをもってして戦う他に、選択の余地が失せる事となった。だが、守護に努めよという詔にて、仲達が一向に動く気配を見せぬとあっては、天運からついに見離され、絶望の淵に沈んだ事を、孔明は覚らざるを得なかった。

 呉の敗報が齎されたその夜―― 夜空を見上げた孔明は、傍らに在った姜維に向って、己の星が光を失っている事を告げた。この時、三台星の中に光を増した客星が現れ、主星・列星の光を奪い、命脈が尽きんとしている事を如実に顕していたのである。

 姜維は叫んだ。祈祷の業を何故に駆使されないのか―― 

 孔明は帳内に祭壇を築き、祈祷の備えを整えさせた。姜維の歎願を汲み、北斗に祈りを試みる決意をしたのである。中央に安置された主灯が、七日の間輝き続けたならば、幾年かの命が与えられ、それが叶わぬ時は、確実に死期を迎えるのであった。そして孔明は食を断ち、ひたすらに祈り続けた。八月中秋の夜、辺りはしんと静まり返り、風はその活動を止め、星は煌きを増していた。万物が、主たる命の前先に幸あれと願っているかのごとくであった。

 その頃、夜空を仰ぎ、その星を観とめて歓喜した者が在った。言わずもがな、司馬懿仲達である。仲達は、蜀陣内の様子を探るべく、夏侯霸に一千騎を授け、五丈原へ向う事を命じた。

 蜀本陣では、孔明の祈りが数えること六日となっていた。主灯は、日を重ねる毎に輝きを増しており、天が孔明にその命運を与えたかと思われたその時―― 静寂を打ち破り、姜維の制止を振り切って、騒々しく帳内に押し入った者があった。夏侯霸の軍勢が来襲し、これを大事と受けとめた魏延文長である。その魏延の風を劈く勢いは、辺りの灯火を一斉に揺るがした。そして――

 煌々としていた主灯の炎が、すうっと消えた。

 その刹那、絶望の嘆きを全身に顕した姜維が、魏延に向って剣を抜いた。だが、これを制したのは孔明であった。孔明は、灯火が滅するに至ったのは魏延の罪ではなく、天命が為したものであるとし、そして事態を覚り動揺する魏延に対し、押し寄せた魏軍を蹴散らすよう命じたのである。

目的:

- 陣屋を探るべく押し寄せた夏侯霸の軍勢(赤)を全滅させよ。
- 全滅推進過來探查陣屋的夏侯霸(赫克特)軍勢。
- 魏軍に帳内の様子を気取られてはならない。敵が陣内に足を踏み入れたならば敗北となる(旧跡の発見)。また、魏延(英雄)の討死においても敗北となる。
- 不能夠讓魏軍注意到帳內的樣子,敵人踏足進入陣內(發現)就會敗北。
- 另外,魏延(亞歷山大)遭到討死就會敗北。

ヒント:
提示:

- 陣の出入口にて待機し、敵の侵入を阻止せよ。
- 在陣地的出入口處待機,阻止敵人侵入。

結果:

 孔明の命脈を延ばさんとする希望の灯を、自らの軽率な行動にて掻き消してしまった魏延は、内に篭った煩悶を払拭せんとばかりに、持てる力の全てをぶつけ、魏兵を片っ端から斬りまくり、見事なまでに蹴散らした。

 その頃孔明は、祈りにおいて精魂を使い果し、寝台に横たわっていた。傍目に観て、誰もが孔明の痩せ衰えた姿に戦慄を覚えたが、その鋭い眼眸しは、未だ往年の輝きを失ってはいなかった。

 孔明は、間もなく事切れるに至るのであれば、命脈が尽きぬうちに、遺命のすべてを伝えておかなければならなかった。そしてまず寝室内に姜維を呼ぶと、孔明自らがしたためた、兵法軍略ならびに治政の書を授けた。世を去る無念が孔明の心中を支配する中で、姜維伯約という後事を託すに足る人物が居た事は、唯一、安堵となるものであった。この時の姜維の感激は、滂沱と泪を溢れさせ、言葉を失うほど余り有るものであった。

 その後馬岱には、己が終焉を迎えた後の、行うべき謀を記した書を与え、楊儀には、後に必ずや謀叛するであろう、魏延を斬る手筈を記した錦袋を与えた。そして成都から到着した尚書李福には、陛下に対する遺言を伝えたのである。李福は孔明の言葉を訊き終えると、足早に成都へと向った。

 後人にすべてを託し終えた孔明は、少しばかり安らいだ表情を見せた。そして寝台から身を起こすと、諸将に支えられながら四輪車に座し、最後となるであろう、陣中の巡見をするべく幕外に出た。静々と進む車の上で、五十四年の生涯を想い、蒼空を見上げた孔明は、流れ往く青雲の彼方に、劉備、関羽、張飛らの、幾多の戦いを共にしてきた、今は亡き英傑の姿が次々と浮かび上がるのを観とめた。この時、爽やかな秋風が孔明の傍らを擦り抜け、また、整然と並べられた旌旗を、力強くも穏やかにはためかせた。それは恰も、果てのない天地への旅立ちを見送るかのごとくであった。

 その後幕内に戻り、薄れゆく意識を気勢にて立て直し、骨身を削りながら上奏文をしたため終えた孔明は、宵の星空を仰ぐべく再び幕外へ出ると、一際煌々と輝く星を白羽扇で指し示した。あれが、最後の輝きを見せている、私の宿星である―― 孔明が、そう諸将に告げるや、暇無くその星は、一筋の光を放ちながら地平線の彼方へと落ちていった。

 夜が明け、成都から再び李福が到着すると、寝台にて意識を無くしていた孔明が、それを予見していたかのごとく、そっと瞼を見開いた。込み上げる慟哭を抑えながら、絶え間無く見守ってきた将らの中央に、呆然と立ち尽くしていた李福の姿が在った。李福は我を取り戻し、孔明の傍らに歩み寄ると、誰人が丞相に代わってその地位に就くべきかを尋ねた。孔明は、か細いながらも凜とした声音で、蒋エンが適任であると告げた。蒋エンがその座を固辞したならばという問いには、費イの名を挙げた。さらに李福は、費イの後任となるべき者を尋ねたが―― 

その後の言は、孔明の口から二度と発せられる事は無かった。

 建興十二年秋八月二十三日―― 後世にまでその名を知らしめる大軍師、諸葛亮孔明は、五丈原と名付けられたその地にて、永遠の眠りに就いた。

結果:

 魏延は、その勇猛さにおいては、遺憾無く持てる才を発揮したが、こと智略にかけては、凡庸さを曝け出していた。孔明が事切れようとしている現状を魏軍に覚られ、その後蜀軍は全滅の憂き目に遭う事必定となった。
  魏延在勇猛上無遺憾地發揮出自己持有的才能,但在智略上曝出了他的凡庸。魏軍發覺了孔明命不久矣的現狀,其後蜀軍必定遭遇有全滅之憂的事態。
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 楼主| 发表于 2015-5-31 01:21:21 | 显示全部楼层

巨星墜ち 蜀臣分つ
巨星隕墜 蜀臣分袂

歴史的背景:

 孔明が世を去り、蜀の陣営では、楊儀、姜維の指揮によって、総退却の手筈が着々と進められていた。この中で、総指揮官に命じられず、ただ一人憤怒している男がいた。常日頃、不平不満を顕にしていた猛将魏延文長である。魏延は、この怒りを尚書費イに捲くし立て、楊儀を説く約束をとりつけた。だが、費イからは一向に沙汰が無く、気が付いた頃には、魏延の陣を除く全ての蜀兵が既に陣をあとにしており、魏延は悪鬼の形相となって怒り狂い、陣屋を棄てて、自らの兵と共に一目散に疾駆した。

 一方、魏の本営では、空を仰いでいた司馬懿仲達が、悲鳴にも似た声を発した。孔明の宿星と覚しき赤く煌く星が、敵陣の方角目掛けて落下して行くのを観とめたのである。そして夏侯霸に命じて蜀陣の動向を探らせ、陣が無人であるとの報が届くや否や、孔明が死したと確証した仲達自らが先頭を切り、魏全軍が退却する蜀軍を追った。

巨星墜ち 蜀臣分つ  建興一二年(西暦234年) 難易度:★★ 所要時間:2分以上 

シナリオの説明:

 退却を始めた蜀軍に、司馬懿仲達が猛然と襲い掛かろうとした刹那、山頂に漆黒の四輪車が静静と現れ、そこには白羽扇を手にした諸葛亮孔明が座していた――

 この時の仲達の驚愕ぶりは相当なものであった。孔明が生存していたならば、勇んで出陣した事自体、孔明の計略に嵌まり込んでいるのである。仲達は馬首を巡らし、我を忘れて逃げに逃げた。それは、いかなる外聞をもかなぐり捨てる程であった。そして、本陣に逃げ返った仲達が、目の当たりにした孔明が木像であった事実を知るのは、その二日後の事であった。仲達は、再び全軍を率いて出陣したが、蜀軍は孔明に万全の策を授かって退却していると思慮し、あとを追うのを止めると、孔明の超越ぶりに深く感嘆しながら、長安へと引き返していった。

 退却する蜀軍が桟閣道に差し掛かった頃、魏軍が長安へ引き返したという報が齎された。蜀の諸将は、この時になって始めて喪服をまとい、そして孔明が世を去った事を公布したのである。蜀の兵士らは、気が違えたかのごとく叫び、人目を憚らずに号泣した。

目的:
目的:

- 亡き丞相より、五丈原撤退の総指揮を一任された長史揚儀よ、名軍師の眠る柩(聖なる箱)を無事に漢中まで護送せよ。(政治機関に安置)
- 由於丞相亡故,五丈原撤退的總指揮一任由長史楊儀負責,他要護送名軍師安眠的靈柩(史前古物)無事回到漢中,並安置在政府中心。
- 魏延文長、かの者が諸葛丞相の訃報を知れば、蜀に叛旗を翻すのは明白である。その折は、魏延文長を漢中城外にて討ち取るべし。
- 魏延文長於得知諸葛丞相的訃報後就會明白地向蜀翻起叛旗,到那時節要在漢中城外將魏延文長討取。
- 丞相の眠る柩が、司馬懿仲達(赤)の手に渡れば蜀軍の敗北となる。
- 丞相安眠的靈柩若落入司馬懿仲達之手,蜀軍就會敗北。

ヒント:
提示:

- 魏延を討ち取る計略は、孔明の先見により不安は無い。
- 有孔明的先見之明,要實行討取魏延的計略並無任何不安。

結果:

 漢中を目指していた蜀軍が、桟閣道を渡りかけたその時、行く手を阻まんとする一隊が高らかに鬨の声をあげた。それは、ついに叛旗を翻し、桟道を焼き払って万全の布陣で待ち構えていた魏延であった。蜀軍が漢中に至るには、必ずやこの桟道を通らねばならなかった。しかしこの事態にも、孔明の先見の明が及ぶ事となった。孔明は険阻な山岳に橋を架け、間道を造る方法を書き残していたのである。かくして蜀軍は姜維の指揮のもと、困難を極め乍らも、魏延に気付かれること無く漢中に入った。

 蜀軍が漢中に入ったとの報を訊いた魏延は愕然となった。だが、この機に漢中を奪い、一挙に成都をも占拠せんと腹を括り、漢中の城門へと押し寄せた。そして魏延は、城壁上に楊儀の姿を観とめると、怒りを込めて激しく罵声を浴びせた。これに対して楊儀は、平服のままで馬を駆り、魏延の面前へと進み出ると、己が天命に自信があるならば、「おれを殺す者がありや!」と、叫んでみよと言い放った。魏延は、笑止とばかりに天を劈く声で、「おれを殺す者がありや!」と絶叫してみせた。その刹那―――
 魏延の背後にいた将が「某が殺してやるぞ!」と、忽ちにして、魏延の首を宙に舞わせた。その将とは、孔明の遺言に従い、魏延と行動を共にしていた馬岱であった。そして楊儀においても、孔明から授かった錦袋を開き、そこに記されていた通りに振る舞っていたのである。またしても孔明の、先見の鋭さであった。

 かくして、孔明の柩は無事成都に還り、劉禅をはじめ、末端の庶民までもが、滂沱と泪を流しながらこれを出迎えた。そして柩は臥竜湖を望む定軍山に、まこと質素に葬られ、そこには、ただひとつの自然石だけが置かれた。これも、孔明の遺言に、劉禅が従ったものであった。

 孔明の死―― 国が要を失えば、途端に混乱が起き、犠牲となる者が出る。自分を差し置いて、蒋エンが丞相の地位に昇った事を不満に思っていた楊儀が、魏に降ると泥酔の勢いで口走ったが為に、官位を剥がれ庶民におとされた。楊儀はこの事をこの上ない恥と感じ、自ら命を絶ってしまった。

結果:

 孔明の柩が成都に還る事は叶わず、これに端を発して蜀の国内は団結を欠き、内なる崩壊を招く結果となった。
  讓孔明之柩歸還成都一事沒能夠實現,由此發端的是蜀之國內欠缺團結,並招致了從內部崩壞的結果。
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 楼主| 发表于 2015-5-31 01:21:33 | 显示全部楼层

夏侯霸降蜀 姜維出陣
夏侯霸降蜀 姜維出陣

歴史的背景:

 諸葛亮孔明が世を去った翌年から、三国は戦火を交えることもなく、それぞれが内政に力をつくしていたが、その中で魏帝曹叡は、孔明の脅威から解放された安堵感からか、諌める識者をよそに、人民の困窮を省みる事無く、私欲のみを追わんとする暴君と化していた。それは、皇后の命をも奪う程の傍若無人ぶりであった。

 主君が専横を極めれば、当然の如く、内なる者の中から反逆が芽生える事となり、間もなくして、燕王と名乗った遼東の公孫淵が、軍勢を率いて中原を侵し始めたのである。しかし、魏には司馬懿仲達という屈指の智謀者が未だ健在であった。仲達は、遠方の遼東へと自ら足を運ぶや、造作なくこれを撃破してみせた。ところが―― 仲達が洛陽への帰路についた頃、曹叡が明日をも知れぬ身体となっていたのである。皇后の怨霊に祟られた曹叡は、恐怖のあまり短剣を振り回し、翻筋斗打って仆れた挙句、自ら手にしていた剣が己の胸を貫いた為であった。そして仲達との接見を果たした直後に、三十六歳の若さで息を引取る事となった。

 後を継いで魏皇帝の位に即いたのは、幼少の面容が抜けきらない、齢八歳の太子曹芳であった。だがこの幼主では、政を行える筈もなく、曹真子丹の嫡男であり、大将軍にて魏帝の補佐役となった曹爽昭伯が、全ての実権を掌握し、欲するがままの治世を蔓延らせる事となった。曹爽は仲達を、位は高いながら実権を持たない太傅に封じ、一族である曹羲・曹訓らで身の周りを固めたのである。

 その後の曹爽の野望は停まる事を知らず、時が経つにつれ、ついには帝位を窺うという途方もない慢心を抱くまでになっていた。そして曹爽は、天子を詣でへと出で立たせ、自身は狩猟に出かける手筈を採った。それは、己が留守の合間に、何者かによって天子が毒殺されたという、異変を起こそうとするものであった。ところが、都が空になった虚を衝き、疾風のごとく宮殿を占拠した者が在った。即ち、自身は痴呆に陥ったとの芝居を打ち、曹爽を油断させていた司馬懿仲達である。

 綿密に手筈を押し進めた仲達に対し、もはや曹爽には膝を折って平伏す以外に術はなかった。そして仲達は、曹爽が天子を誅すという、謀叛を企てた証拠を確実なものとした後、曹爽を始めとする曹家一族を悉く処刑した。この一件により、ついに仲達は魏の丞相へと上り詰める事となり、二人の息子司馬師・司馬昭においても、父を補佐する重臣となった。かくして、永年魏を支配してきた曹家に取って代わり、司馬一族の時代が訪れたのである。

夏侯霸降蜀 姜維出陣  延熙一二年(西暦249年) 難易度:★★★★ 所要時間:6分以上 

シナリオの説明:

 司馬懿仲達が魏の全権を掌握した今、仲達にとって唯一脅威となり得る人物は、曹一族である夏侯霸仲権ただ一人となっていた――

 仲達は、己が覇権を確固たるものとすべく、長安に在る夏侯霸を、洛陽へ呼び寄せ暗殺するという策を巡らせた。これに夏侯霸は、すでに仲達の真意を看破しており、仲達の要請を拒否したのである。ここからの仲達の対応は素早く、夏侯霸に謀叛の罪を被らせるや、雍州の刺史郭淮伯斉の軍勢を長安へと差し向けた。この時、従える兵が僅かであった夏侯霸は、無念でありながらも蜀へ降る道を選択する他はなく、郭淮の囲みを突破し、漢中へと驀地に疾駆した。

 夏侯霸の意を汲み、これを受け入れた蜀の姜維伯約は、夏侯霸を伴なって成都の蜀帝劉禅に謁見し、今こそが、故諸葛丞相の成し得なかった意志を、達成する時であると訴えた。尚書令費イ文偉はこれを諌めたが、劉禅は姜維の意気込みに頷き、蜀兵全軍を指揮する許可を与えた。そして姜維は孔明の廟へと赴き、泪を溢れさせながら闘志を漲らせ、その決意を孔明に誓ったのである。

 しかし―― 意気揚揚と進軍していった姜維であったが、策は次々と水泡に帰し、そして敵の虚を衝くべく進撃した牛頭山においても、郭淮・陳泰の軍勢に挟撃され、窮地に陥る事となった。

目的:
目的:

- 長安に在る夏侯霸(英雄)は、郭淮(赤)の包囲を突破し、漢中を目指せ。
- 在長安的夏侯霸(亞歷山大)需要以漢中為目標突破郭淮的包圍。
- 漢中に辿り着いたならば、待機している姜維(英雄)と共に、魏軍陳泰(茶色)が陣取る牛頭山へと進発せよ。
- 抵著漢中,再與待機的姜維(赫克特)共同向魏軍陳泰佈陣的牛頭山進發。
- 牛頭山において、陳泰・郭淮が押し寄せたならば、血路を開いて陽平関へと遁走せよ。
- 在牛頭山,如果陳泰、郭淮仍在推進過來,便得殺開一條血路遁走到陽平關。
- 夏侯霸・姜維が陽平関へと辿り着き、その周りを包囲する司馬師(橙)の軍勢を全滅させたならば勝利となる。
- 夏侯霸、姜維抵著陽平關之後,全滅包圍在周遭的司馬師軍勢就會勝利。
- 夏侯霸・姜維のいずれかが討たれると敗北となる。
- 夏侯霸、姜維的其中一人遭到討死就會敗北。

ヒント:
提示:

- 長安から遁れるには、間道を探さねばならない。
- 要從長安遁走,就不得不探尋間道。

結果:

 姜維と夏侯霸は、命辛々陽平関へと辿り着いたが、そこで待ち受けていたのは、並外れた膂力を備えた司馬師子元であった。そして陽平関など微塵であるとばかりに、司馬師の軍勢は猛然と城壁へ押し寄せた。しかし司馬師は、瞬く間に大半の兵を失う結果となったのである。それは、無数の弓を続け様に放つ、孔明が生前に発明していた『連弩』であった。城壁上から唸りをあげて降り注ぐ弩に、然しもの司馬師といえど、距離をおいて城壁を眺め遣る他なかった。

 それでも尚、司馬師は陽平関を陥落せしめ、姜維の首級を挙げる機会を窺っていたが、そこへ、急遽洛陽へと馳せ戻らざるを得ない報が届いたのである。

 司馬懿仲達、病篤し――
  司馬懿仲達病篤了――

 諸葛亮孔明と並び称される奇士、司馬懿仲達にも、ついに命脈が尽きる時が訪れたのである。仲達は、傍らで見守る二人の息子に、期待と戒めの言を残し、間もなくして息を引取った。その後、司馬師は撫軍大将軍の位に即き、司馬昭は驃騎上将軍となった。魏の命運は、仲達の後を継ぎ、この兄弟にと委ねられた。
  與諸葛亮孔明並稱的奇士司馬懿仲達,其命運走到盡頭的時機終於也來訪了。仲達給在傍邊看守著的兒子二人殘留下期待的誡言,未待一間就斷氣了。

 一方、蜀の姜維においては、牛頭山での敗北を払拭せんと、延熙一六年、廖化・張翼を先鋒として再び北伐の兵を興し、隴西目指して進発していった。しかしこの戦いにおいて、鉄籠山にて司馬昭を追い詰め、郭淮・徐質の猛将を討ち取りはしたが、中原を脅かすまでには至らず、またしても苦渋を嘗める事となった。姜維は、自身が故丞相に比類する才を、持たない身の上である事を嘆き、無念の泪をただ流すばかりであった。
  另一方面,

結果:
結果:

 双肩を担う将を失った蜀は、滅亡の道を歩まざるを得なくなった。
  失去擔當雙肩之將的蜀,不得不步向滅亡之道了。
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諸葛誕激怒
諸葛誕激怒

歴史的背景:
歷史背景:

 鉄籠山での戦いに勝利を収めた後の魏は、魏帝曹芳ですら恐れるほど、司馬兄弟の威勢が絶大なものとなっていた。特に、丞相である司馬師の振舞は、魏帝が存在しないかのごとく、専横極まるものであった。これを腹に据え兼ねた、夏侯玄、李豊、張緝の三高官は、司馬師を誅すという計略を打ち立て、即座に曹芳を説くや、詔勅をもって秘密裏に事を進めた。しかし乍ら――

 曾て国舅董承が、曹操を誅する策を為し得なかったのと同様に、この策もまた、露見を防ぐ事は叶わず、三高官は一族共々、処刑の憂き目に遭う事となった。そして司馬師は、己が権勢を盾に、魏帝曹芳をも玉座から引き摺り下ろすという暴挙を、平然とやってのけたのである。さらに司馬師は、皇帝の座に文帝(曹丕)の孫である高貴郷公曹髦彦士を、強引に据えた。曹髦は凡庸な若者で、司馬師の言成りとなる事は、この時既に目に見えていた。

 曹髦が皇帝となった翌年には、司馬師が天子を廃した事に憤りを覚えた揚州都督、鎮東将軍毋丘倹仲恭が、淮南の全兵を従えて都を目指したが、これもまた司馬師を討つまでに至らなかった。ところがその直後、司馬師は世を去る事となるのである。治癒不可能な奇病が司馬師を襲い、魏の正元二年、弟の司馬昭に後事を託して息を引き取った。これにより、大将軍録尚書事となった司馬昭が、司馬師に代わって魏の全権を掌握する事となったが、皇帝の威光が地に落ち、司馬一族独裁の施政である事に、なんら変わりはなかった。

諸葛誕激怒  延熙一九年(西暦256年) 難易度:★★★ 所要時間:12分以上 

シナリオの説明:
劇本說明:

 司馬師の死後、代わって魏の全権を掌握した司馬昭は、自らが帝位に即く野望を抱いていた――

 魏の元号を、魏帝曹髦に何の断りもなく甘露元年(蜀の延熙一九年)に改めていた司馬昭は、政の一切においても、曹髦に奏上する事無く、司馬師にも況して専横を極めていた。そして、帝位を窺う野望を抱くや、その胸中を汲んだ長史賈充公閭が、諸官各将の態度を探るべく、諸国を巡る事となった。

 賈充がまず赴いたのは、淮南であった。淮南には、毋丘倹に代わって揚州都督となっていた、鎮東大将軍諸葛誕公休が在った。賈充は諸葛誕に対し、司馬昭が帝位に即く事に探を入れると、幾許かの時をおいた後、諸葛誕は突如として席を立ち、凄まじい形相となって怒りを顕にしたのである。そしてこの瞬間に、洛陽へ攻め上り司馬昭との決戦に臨む臍を固めた。

 この報告を受けた司馬昭もまた激怒し、揚州刺史楽リンに命じ、諸葛誕を洛陽へ呼び寄せ暗殺するという策を採った。だが、この策に嵌る諸葛誕ではなく、即座に寿春城内へと押入るや、楽リンの眉間に剣を衝き立て、その息の根を止めた。そして諸葛誕は、嫡子諸葛セイを質子とし、呉に援軍を乞うた後、大陣容をもって司馬昭討伐の軍を起こしたのである。これに対し司馬昭も大軍を整え、ここに一大決戦が繰り広げられようとしていた。

 しかしこの戦いは、智謀を備えた人材によって差が出る事となった。呉兵の物欲に目を付けた黄門侍郎鍾会士季が、自陣に財宝の類を運び、それに殺到した呉兵を討ちとる策を採り、結果、呉兵は多くの兵を失う事となった。陣容を崩され挟撃に遭った諸葛誕は、呉兵の欲深さに憤慨しながらも血路を開き、ようやく寿春城内に馳せ戻った。そして寿春城は司馬昭の軍に包囲され、諸葛誕は窮地に陥った。

目的:
目的:

- 寿春城に突入し、城内の遺跡五個を全て確保せよ。その際、揚州刺史楽リンを討つことが必須となる。
- 突入壽春城並將城內的五個遺跡全部確保,而在此際必須討殺揚州刺史樂綝。
- 同城内の聖なる箱を確保し、敵の勝利を阻止せよ。そしてさらに、部族の象徴をも破壊しなければならない。
- 確保同城內的史前古物,阻止敵人勝利。此外,還必須將世界奇觀破壞。
- 遺跡の確保後、二千年間耐え切れば勝利となる。
- 確保遺跡之後,忍耐二千年間取得勝利。
- 諸葛誕(英雄)が討たれると敗北となる。
- 諸葛誕(Alexander)遭到討死就會敗北。

ヒント:
提示:

- 寿春城内は上下に二分されている。部族の象徴を破壊するには、城から一旦、打って出なければならない。
- 壽春城內分為上下兩個部分。為了破壞世界奇觀,你必須暫時從城中突圍而出。
- 城から一旦出る際に、すでに遺跡三個、聖なる箱一個が確保されているならば、それは事が順調に進んでいる証である。
- 暫時出城之際,應該已經確保到遺跡三個及一個史前古物,它們是事態進展順利的證據。
- 聖なる箱は全部で二個存在するが、城内に在る一個のみが確保可能である。
- 全部存在的史前古物有二個,但祇有在城內的一個可能被確保。
- 勝利を達成するには城内で篭城するのが最善だが、先に突入した側で篭城するのは不可能と言って良い。
- 達成勝利的最善之策是留在城內固守不出,但要從先能突入的一側固守可以說是不可能的。

結果:
結果:

 城門に押し寄せ突入を謀る魏兵に対し、諸葛誕が鍛え上げた一騎当千の股肱千騎は、遺憾なくその実力を発揮し、敵を造作なく蹴散らしてみせた。だが――

 城外に在って魏軍の背後を突き、諸葛誕にとって援護となる筈であった呉軍は、そのさらに背後を魏軍に獲られ、呉兵の多くは魏に跪き、降ってしまったのである。そして孤立した寿春城においても糧道を断たれ、飢えに苦しんだ将兵らが次々と魏に降る有様となった。腹心に裏切られ心違えた諸葛誕には、もはやこの状況を打破する余地は皆無となった。

 この機を待ち構えていた魏軍は、怒涛の如く城内になだれ込むと、一斉に諸葛誕目掛けて疾駆した。諸葛誕は群がる魏兵数十人を瞬く間に血煙りあげさせたが、これが最後の勇姿であった。飛来した矢を背中に受けるや、勇将胡奮の振り下ろした剣に、諸葛誕の首は宙を舞った。

 その後寿春城内に入った司馬昭は、諸葛誕一族を容赦なく斬首し、市に晒した。そして諸葛誕の股肱、精鋭千騎のうち、重傷を負って生け捕られた二百八十余人が引き据えられた。その面々が負った、目を覆わんばかりの傷跡は、最後まで果敢に戦った証であった。司馬昭は、この武勇に長けた精鋭を惜しみ、己が家臣として仕える事を説いたが、ただの一人も欠ける事無く、主君を慕って跡を追う道を選んだ。

 全ての首が刎ねられた時―― さすがの司馬昭も感動を覚え、一同の遺体を鄭重に葬る事を命じた。

結果:
結果:

 あまりにも呆気ない諸葛誕の敗北は、諸葛孔明を筆頭とする諸葛一族の名声を、一挙に汚す事となった。
  諸葛誕如此輕易的敗北,讓以諸葛孔明為首的諸葛一族的名聲一舉遭到沾污。

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 楼主| 发表于 2015-5-31 01:21:55 | 显示全部楼层
蜀の終焉 興亡は終らず
蜀國終焉 興亡無終

歴史的背景:
歷史背景:
歷史背景


 魏が宮廷の混乱と、内乱を繰り返していた頃、蜀国内は、非常に愁いだ状況となっていた。皇帝劉禅の傍らには常に佞臣がへばり付き、劉禅は諫言の一切を容れようとしなくなっていた。そして宮廷内全体が、戦争というものに否定的となり、だれきったものとなっていたのである。
  在魏國重複出現宮廷混亂與內亂的頃刻,蜀國內也陷入了非常愁人的狀況。皇帝劉禪的傍邊經常依附著佞臣,而劉禪卻容不下一切的諫言。然後,宮廷內全體自然籠罩著一股對戰爭否定的聲音,沒有人敢再對劉禪說另一種意見。

 この亡国の兆しが見え始めた中で、姜維唯一人が、戦うためにこの世に生をうけ、戦場で果てることが宿命であると己に言い聞かせ、孤独となり乍も、遮二無二、魏に立ち向かっていったのである。だが魏には、姜維の侵攻を阻むに足る名将、鄧艾士載が在った。姜維にとって魏を討ち滅すことは、唯でさえ苦難の道程であったが、この鄧艾の存在によって、それは一層難しいものとなっていた。
  當中察見到這種亡國之兆的唯有姜維一人,
不過,魏國卻有足以阻擋姜維的名將鄧艾士載在那邊。姜維為討滅魏國踏上惟有苦難的道程,但鄧艾的存在讓那變得又困難了一層。

 しかし、その鄧艾においても、魏の全幅の信頼を受けて戦っている訳ではなかった。宮廷内では鄧艾が、鍾会と共に二心を抱く者と諫言する文官が、少なからず存在していたのである。この時司馬昭は、これらを承知した上で、あえて鄧艾と鍾会を蜀軍との戦いに立ち向かわせていた。それは次なる戦いで、鄧艾、鍾会が必ずや蜀を手中に収めるであろうと踏んでいたからである。そして、たとえ二心を抱いたとしても、麾下の兵が謀叛に加担する筈は無く、孔明によって治められた蜀の領民においても、両名に従う道理が無いとの読みであった。司馬昭にしてみれば、ただ蜀を打ち破るのを待つのみであった。

蜀の終焉 興亡は終らず  炎興元年(西暦263年) 難易度:― 所要時間:― 

シナリオの説明:
劇本說明:

 姜維と鄧艾―― 智謀と膂力を備えたこの両雄は、共に満足な後援を受けられぬまま、孤独な戦いを続けていた。
  姜維與鄧艾――智謀與膂力兼備的兩雄,共同在得不到滿足後援的情況下,繼續進行孤獨作戰。

 志し半ばにして世を去った、故丞相諸葛亮孔明の遺志を継ぎ、魏を討ち滅すことを生涯の粮としてきた姜維は、蜀帝劉禅の堕落ぶりと、厭戦を顕にした宮廷内の冷ややかな態度の中で、景耀五年(西暦262年)、恐らくこれが、最後の出陣に成ろうと心中で呟きながら、隴西の沓中目指して軍を進めた。対して鄧艾もまた、この戦いを最後の決戦と予感し、洛陽を発した鍾会率いる軍勢と共に、一挙に決着をつけるべく、万端を備えてこれに当たった。しかし――

 両雄は、正面切って相対する事は無かった。鄧艾は姜維の虚を突き、陰平の険阻な山岳を踏破して、一直線に成都を目指したのである。戦いの場を剣閣に移し、鍾会の軍勢を食い止めるのに躍起になっていた姜維は、鄧艾の鮮やかな奇策に気付く事もなく、後に蜀の滅亡という悲報を知る事になる。


- 劉禅の降服は、直ちに蜀の滅亡を意味する。
- 劉禪的降服直接意味著蜀的滅亡。

ヒント:
提示:

- 蜀の滅亡は、もはや避けられない運命である。
- 蜀的滅亡,已經屬於無可避免的命運了。

結果:
結果:

 天地に閃光が煌き、突如として、国に立ち込めた暗雲を打破する陰影が現れ、戦いを勝利に導く結果となった。だがそれは―― 西洋の幾許かの文字が齎した、幻想の世の出来事でしかなかった。
  天地突如現出一道輝煌閃光,並打破了籠罩著國家的暗雲,將這場戰爭導向勝利的結果。不過那祇會是――在西洋有幾許文字齎告過的幻想之世才會發生的事。

結果:
結果:

 突如として現れた魏の軍勢に、蜀は為す術も無く、敵は瞬く間に成都まで二十里の距離に迫った。この時、魏に対して果敢に立ち向かっていったのは、諸葛瑾の子であり孔明の養子である、諸葛瞻ただ一人であった。諸葛瞻は劉禅の逃避の時を稼ぐべく、少数の兵をもって大軍に体当たりをし、果てていった。しかし劉禅は、諸葛瞻が体を擲ったにもかかわらず、見知らぬ土地へ身を移す事を恐れ、成都を離れようとはしなかった。やはり劉禅は、才を持たない凡夫であった。そして敢無く降服し、ここに事実上、蜀の国は滅びたのである。
  蜀對突現出現的魏國軍勢無術可為,敵人於瞬間迫近至成都二十里的距離。在此時間,果敢站立出來面向魏軍的祇有諸葛瑾之子兼孔明養子諸葛瞻一人。

 剣閣で戦う姜維の許に、間も無くして劉禅降伏の報が齎されたが、姜維は俄かには信じられなかった。剣閣において、敵の侵攻は完全に防いでいた筈なのである。だが事実を覚った姜維は、火で炙られたかのごとく、全身を朱にして憤怒した。最後まで戦った諸将も、気が違わんばかりの奇声を発し、遣る瀬無い泪で頬を濡らした。
  

 その後―― 姜維は、成都の宮殿内で、生涯を終える事となった。鍾会は、蜀を我が地領にせんとの野望を持っており、姜維はそれに最後の望みを託して鍾会に降り、鄧艾を討つべく鍾会と共に入蜀したのである。しかし鄧艾は、むざむざと策に陥るような武将ではなかった。鄧艾の油断した隙を衝かんとするこの計略は失敗に終わり、壮絶な戦いが巻き起こった宮殿内で姜維は果てた。そして、鄧艾、鍾会においても、ここで命を落とす結果となった。
  其後――姜維在成都宮廷內

 僅か二代で滅び去った蜀―― その跡を追うように、魏もまた、滅びる運命にあった。司馬昭の長子である司馬炎が、魏の最後の皇帝となった曹奐に代って帝位に即いたのである。そして、それから十四年後に、司馬炎は呉に侵攻してこれを滅ぼし、天下を統一した。
  

 この物語において、無類の英雄達が興したそれぞれの国、蜀、魏、呉―― 最後に残されたのは、その何れの国でも無かった。それは、晋と言う名を持つ国であった。だが、その晋の国とて永遠に続く道理は在ろう筈もなく、全てのものは消え去る運命を背負って生まれて来るのである。戦いは、いつの世も終りを告げる事は無い。
  

 ―完―
  ―完―
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 楼主| 发表于 2015-5-31 01:22:03 | 显示全部楼层

三国志 (西暦219年) 
三國志(公元219年)

シナリオの説明:
劇本說明:

 黄巾の乱に端を発し、各地の群雄が割拠する戦乱の時代となった中国の大陸は、曹操孟徳、孫権仲謀、劉備玄徳の台頭によって、次第に三つの勢力へと集約されていった。そして、それぞれが魏、呉、および蜀の国を建てる事となり、世は天下を三分する鼎立時代となった。その中で、漢の中山靖王、劉勝の血を受け継ぐ蜀の劉備玄徳は、着々と軍容を整え、失墜した漢王朝の権勢を復興させるべく、果てし無き戦いに打ち出たのである。
  以黃巾之亂為發端,中國大陸陷入了各地群雄割據的戰亂時代,曹操孟德、孫權仲謀、劉備玄德隨之抬頭,漸次集約成為三大勢力,接下來的事情就是魏、吳與蜀各自建國,世界變成了天下三分的鼎立時代。當中,蜀的劉備玄德繼受了漢之中山靖王劉勝的血統,他正著著整頓軍容,並為復興漢王朝失墜的權勢出來進行無休止的戰鬪。

目的:
目的:

- 敵を討ち滅し、天下を統一せよ。
- 討滅敵人,統一天下。
- 劉備玄徳(英雄イアソン)が討たれると敗北となる。
- 劉備玄德(伊阿宋)遭到討死就會敗北。

ヒント:
提示:

- 蜀の資源は枯渇している。先ずは資源の確保に努めよ。
- 蜀的資源即將枯渇,請先努力確保資源。

結果:

 劉備玄徳の悲願であった漢王朝の復興は、今ここに成され、新しい歴史の幕開けとなった。そして、豊富な人材によって営まれていった新生漢王朝は、永きに渡る繁栄を遂げたのである。
  劉備玄德復興漢王朝的悲願,現今在這刻達成了,新的歷史自此開幕,而由豐富人材經營的新生漢王朝,遂得永渡繁榮。

結果:

 劉備玄徳は、この戦いで多数の優秀な人材を失い、漢王朝の復興という悲願を達成することは叶わなかった。
  劉備玄德在這場戰爭損失多數的優秀人材,要達成復興漢王朝的悲願是不能實現的了。
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发表于 2015-12-1 10:10:53 | 显示全部楼层
进来看看,狂叔辛苦了
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发表于 2016-1-1 18:04:41 | 显示全部楼层
看来快完成了。。。。。。。。。。。
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发表于 2016-10-20 01:44:07 | 显示全部楼层
红眼...馋病...口水...

求图.........
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发表于 2017-12-10 23:16:20 | 显示全部楼层
老铁你没翻译完或者弃坑了倒没什么,可是能不能把战役文件发一下啊。
还是想啃生肉玩下战役呢
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发表于 2021-12-10 08:29:44 | 显示全部楼层
哪里可以下载阿?
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发表于 2021-12-15 16:27:12 | 显示全部楼层
求生肉下载链接
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发表于 2022-7-7 13:44:01 | 显示全部楼层
弃坑了没啥问题,战役长确实不好做,但是能不能来一个生肉文件呀?
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